海抜が低いため潮の満ち引きの影響を受けやすく、高潮や暴風雨による浸水に悩まされてきたこの地域の人々は、都市での暮らしを定住型ではなく、水の循環にあわせて軽やかに移動する、遊牧的なスタイルに変容させました。交通インフラなどの都市構造は、人と水の流動に対応するため作り変えられています。水循環に機敏に適応するリジェネラティブ・アーバニズム「遊牧都市」の物語をのぞいてみましょう。
「遊牧都市」の「フルーイッド・シティスケープ」は、陸上の交通網と、地下水路や運河が軽やかに連動するネットワークによって、浸水時も都市機能を維持することが可能です。
豪雨や洪水によって市街地の浸水リスクが高まると、都市のモビリティと景観が、一気に災害モードに切り替わります。
市街地にストライプ状に組み込まれた自動車と自転車の専用レーンは、平時は通常の交通インフラとして利用されますが、豪雨や洪水が多発する雨季には、植栽帯とともに地下の氾濫用水路へと水を流し、市街地に進入した濁流を素早く海へと放出します。
いたるところに整備されている親水公園は、この都市固有の潤いある水辺空間を作り出していますが、ゲリラ豪雨などの非常時にオーバーフローした水を一時的に溜めておく調整池や、避難用ボート用のハブ基地に変貌します。
運河ネットワークは、河川、海、周囲にひろがる湿地帯と市街地をつなぎ、水位の調整や排水を迅速におこなう多孔質(たこうしつ)な都市構造を作り出すとともに、浸水時は道路網と接続され、救助や物資輸送の動線、陸上交通の代替手段になるのです。
密集した市街地への自動車侵入を制限するスーパーブロックを囲む運河は、かつてこの都市の交通と産業を担うインフラの中心でしたが、モビリティの発展でその役割を終えてからは、都市開発の障害として放置されていました。
しかし近年の急激な気候変動に対応する再開発のなかで、 遊牧都市の運河は「ミズベストリート」 という多機能な水辺空間に生まれ変わっています。スーパーブロックに集中していた様々な公共施設が、運河に沿った外周部に再配置され、水辺のテラスやブリッジが新旧市街地の人流をスムーズに橋渡しします。ブリッジは運河の上空に様々な高さで架けられており、大規模な災害時には、平常時、災害発生時、復旧時、復興期と、浸水の推移にあわせた人々の避難と滞留に対応できるよう設計されています。
運河周辺の再開発は公共施設からはじまり、やがて生まれ変わった水辺の魅力に誘引されて、「ミズベストリート」への人々の居住が進むと、 かつて過密状態だったスーパーブロックの内部にもスペースが生まれました。そこで、緑化や再生可能エネルギーのインフラといったエコロジカルな土地利用が推進され、都市のサステナビリティが大きく向上しています。
「遊牧都市」の海岸線は過去200年の間、津波や高潮に浸食され、人々の活動領域は、25年周期で拡大と縮小を繰り返しています。「漂流集落」でこの揺れ動く海岸線の激しい環境変化をレジリエンスに受け止めるために開発された居住システムです。
浮体構造を持つことで潮間帯に進出した「漂流集落」は、潮の満ち引きによる水位の変動に合わせた漁業と観光の多角経営化に成功しています。陸上に固定されていた産業やインフラの海上進出は、海面上昇や海岸線の変化をも資源にした、新たな市場開拓と建築技術の革新につながっています。
このように「遊牧都市」は、水の流動性に変幻自在に適応することで都市生活のレジリエンシーを高め、静的な土地利用から動的な土地利用へと軽やかに移動する、冒険的なライフスタイルを創造しています。